06月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫08月

願うばかり

2011年03月15日
恐怖・悲しみ・・無力感・・。
自分なりにいろいろ考えてみたけど、それでもやはり何の力にもなれないわけです。
だから、今の自分に出来るのは、目の前にある日々の生活に向き合っていく事。
灯りがともり、水が飲め、暖かいものが食べられる。それは決して当たり前の事ではなく、沢山の誰かの力があってこそ。とてもありがたい事なのです。そんな大切な事も忘れかけていたなんてね。
日々感謝。
そして、いつか私も誰かの支えになれるよう 今の自分を生きていくのです。
2011年3月14日(月)嬉野さんの日記より

東日本の太平洋沿岸の町々に甚大な被害をもたらした大津波発生から4日目となり、
深刻な被害状況が明らかになる中、
それでも、水没した町の避難所に、
命からがら退避した方々が、
孤立しながらも健在だったことが分かりはじめています。

本当に好かったと思いました。

被災地に家族のある方、
友人知人のある方、
安否の連絡がつかないことは、
そうとうの心労になります。
一刻も早く、連絡がつくことを願います。

報道によれば、
避難所でも、水や食料が充分ではないとのことですから、
孤立した退避場所におられる方々は、何の補給も無い中、
寒さと空腹に耐えながら頑張っておられるものと察します。

自衛隊の救助も始まっているものと思います。

昨日辺りから、テレビ報道でも、
被災地のみなさんの声が聞けるようになり、
ホッとする自分がおりました。

やっぱり人が生きていてくれればうれしい。
心強いと思いまました。

福島では原子力発電所が大変なことになっております。
被災地域では、徐々に電気も復旧し始めているもようですが、
水道は断水が続いているようです、
食料もまったく足りていないそうです。

津波被害が激甚過ぎて、
テレビでは、ほとんど報道されませんが、
茨城でも被災されている方が多数おられます。
その方々も、同じように避難所で配給が足りず、
自宅の水道も止まった中で、
強い不安を感じておられるようです。

長野でも強い地震があり、
栄村では雪崩があり、孤立している方々がおられるという、
文字スーパーでの報道を見た覚えがあります。

電力も足りていませんから。
首都圏のみなさんが、
そうとうにご苦労されている様子を、
朝からテレビ報道で知りました。

今後も、強い余震が心配されています。

これは我々日本人にとって、
未曾有の国難なのだと思います。

津波、地震の激甚なる被害はもちろんのこと、
日本経済も深刻なことになるかもしれません。

昨日には戻れない。

被災された方々だけでなく、
日本人全体に、重大な事態が起きたのかも知れません。
これからは、しばらく、
何が起きるか分からない日々が続くような気がします。

それでも、ぼくらはそれらの事実を引き受けて、
乗り越えて行くのだと思います。

被災したみなさんは、
みんな、今、生きることに懸命だと思います。

避難所でお世話されている職員の方も懸命に尽力されています。

被災地に救助に入った自衛隊も警察も消防も医療関係者も、
海外からの救援隊も含め、皆、持てる技術と経験を総動員して、懸命の救助にあたっておるのだと思います。

ぼくらは、それを見守りながら、
ぼくらの日常をいつも通りに過ごすべきです。
そうして力を貯えるべきだと思います。

どうしたってお金が足りませんから。

明治の終わりに、アメリカのサンフランシスコで大地震があり、その時、日本人は、そうとうの義捐金を送ったのだそうです。
それを忘れなかったアメリカの新聞は、「関東大震災」で今度は日本の首都圏が甚大な被害を受けたと知るや、新聞紙上でキャンペーンを繰り広げたそうです。

「いまこそ日本の人々に受けた恩を返す時だ。金額の多寡を問うものではない。それぞれの力に応じて日本に義捐金を送ろう」と。

日本には、まだまだ、危惧されている巨大地震がたくさんあります。
それがいつ来るかは分からない。
それを思えば、これは他人事ではないのです。

しかしながら、今回、
我々は被害を受けず健在です。

日本は全滅したわけではないのです。

我々には、被災地に手を差し伸べる用意と力がある。

今回の震災で日本経済が打撃を受けるのであれば、
それを挽回するのが、被災しなかった我々の務めだと思います。

ぼくはやっぱり日本が好きです。
日本人が大好きです。

大好きだった風景や人の営みが破壊されて、
ぼくはとても悲しい。

それでも生きている人が多数いるのを知って、
嬉しかった。

ぼくらを取り巻く環境がどう変わろうと、
ぼくらは生きていくばかりです。

ひとりでは生きていけない時代に入ったのだとぼくは思います。

他人を助け、助けられることがなければ、
生きてはいけない時代が来たような気がします。

力を合わせて生きる。

でもそれは、人類誕生の昔から、
ぼくらの祖先が、繰り返してきたことだと思います。

それをもう一度、ぼくらは思い出す時代を迎えた。
そんな気がします。

それでは諸氏、
本日も、各自の持ち場で、どうぞ、奮闘願います。


2011年3月15日(火)藤村さんの日記より

悲嘆に暮れ、泣き崩れるのは、まだもう少し先のことだ。今は、今ここにある状況を乗り切ることだ。少し乗り切ることができたら、そのときには、みんなで声を上げて泣こう。でも、今は、まわりに「大丈夫だ」と言って、見栄をはって、気丈に振る舞っていこう。

日本に、強力なリーダーシップを取る政治家はいない。だからこそ日本人は、自分たちで、この状況を少しずつ打開していくための秩序と、強さと、たくましさを持った。ぼくは、それが世界に誇るべき日本の姿だと思う。

日本の将来に悲観する必要なんかない。

それぞれの持ち場で、今、できることをやる。

どうでしょう | コメント(0)
コメント

管理者のみに表示